各種屋根工事・施工・リフォーム・修理。屋根・瓦のことなら「屋根のプロ集団(有)一ノ瀬瓦工業」へなんでもご相談ください

当社で働く、主な職人やスタッフです。自分たちの仕事に責任と自信があるからこそ、ひとりひとりの素顔をご紹介できます。
「屋根のプロ集団」と言うに相応しい、職人たちの仕事へ対する熱意やこだわりをお客様にお届けします。

一ノ瀬 靖博 Yasuhiro Ichinose
代表取締役:一ノ瀬 靖博
S51年3月14日生まれ
山梨県笛吹市出身 A型
趣味:サーフィン・絵画・読書・ギター・海釣り
始
一ノ瀬瓦工業五代目として1998年入社
人
瓦業界のサラブレッド
職
イタリア留学経験ありの芸術派職人
今
趣味が多すぎて時間が無い

代表取締役の一ノ瀬靖博です。おかげさまで(有)一ノ瀬瓦工業は今年(2016年)で創業100年になりました。
生まれた時から瓦業をみてきた私ですが、二十歳前後のときには家業という先入観もあり、この仕事を生涯の仕事とするか悩んだことを憶えています。当時は音楽や絵画などアートに興味を持ち、上京して自分なりに活動していた時期でもありました。
私は22歳で家業を継ぐ決心し帰郷したわけですが、そのきっかけは、日本の古都である京都によるものです。何気なく行って見た京都の街並みは古さを感じさせず、デザイン性ではむしろ新しささえ感じさせてくれました。「この街並みが日本の文化であり世界に誇れるアートではないか」という思いと、そこに家業の瓦が携わっていることの喜び。そしてそのときに「瓦はアートになる」そう感じました。
瓦は屋根材として昔から現在に至るまで数え切れないほど多くの建物を守ってきました。世界でも多くの瓦が存在し、また、住宅がある以上かならず屋根材は存在します。イタリアに住んでいた時、オレンジ色の瓦が見事に街並みに彩りを加えていた光景を目にしました。イタリアでは古い建物を壊すことに対して、法律である程度の規制をしているそうです。みなさんが、一度は目にしたいと思われるあの街並みは、実は国やそこに住む人たちの努力により成り立っているものなのです。
そういった意味では、日本はまだまだ遅れているように思えます。
2015年にアメリカ・コネチカット州 イェール大学アートギャラリーでの「Japanese Tea Gate Project」に参加しました。イェール大学が名門であることは言うまでもありませんが、イェール大学の美術館であるアートギャラリーもピカソやゴッホなど世界的に有名な作品が数多く並ぶ、日本では国立級レベルの美術館です。
その敷地内に日本建築を建てるというプロジェクトがありました。日本からは私のみが参加することができました。大変光栄なことです。苦労も不安も数えきれないほど味わいましたが、学んだことも得たことも本当に大きかったです。しかしそれと同時に、日本建築の緻密な技術の上に成り立つ芸術性や、日本の職人の仕事に対する向き合い方などを伝えることもできました。静かに佇み、決して主張しすぎることはなく、しかし存在感のある仕事ができたと自負しています。
また2016年には瓦プロダクト事業部を立ち上げ、自社ブランドである「icci kawara products」がスタートしました。コンセプトは「屋根の上からテノヒラの上に」。日本の伝統である瓦。しかし、自然に存在するがあまり、じつはあまり多くの人たちに意識されてないことも事実です。この日本人と共に歩み続けた瓦を少しでも多くの人に手に取ってもらいたい。そんな願いを込めて新しい瓦の可能性を見出していきたいと思っています。
私たちに課せられた使命は日本の伝統文化である瓦を伝え、皆様の屋根を守り、そして新たな瓦の可能性を模索する。そして、伝統から最新まで幅広く視野を広げ、皆様に瓦の様々な魅力を伝えていけるよう努力していくことだと思っています。これから100年、ますます精進していく所存です。今後とも末永く一ノ瀬瓦工業をよろしくお願い申し上げます。

一ノ瀬 一弥 Kazuya Ichinose
会長:一ノ瀬 一弥
S15年4月29日生まれ
山梨県笛吹市出身 A型
趣味:山遊び全般(釣り、山菜、キノコ、蜂追い)・野菜作り・読書
始
一ノ瀬瓦工業四代目として1968年入社
人
人生を瓦に捧げた職人の鏡
職
知識と技術を兼ね備えたインテリ職人
今
最近は屋根より山

弊社は大正5年(1916年)初代弥左衛門と二代目堅次により一ノ瀬製瓦として開業いたしました。それから瓦業に従事して今年(平成28年)で創業100年になります。
弊社のある、ここ旧岡部村松本地区(現笛吹市石和町松本)では良質な粘土が産出したこともあり当時は10社以上の窯元と関連会社が軒を連ねる山梨でも有数の瓦産地でありました。開業当時は、ダルマ窯によるいぶし瓦の製造と屋根工事の請負を生業とし、その後三代目千鶴郎が山梨で唯一のトンネル窯による陶器瓦製造を手掛けるなど、多くの瓦を山梨ならびに近県に送り出し、また山梨では多くの皆様の屋根を手掛けさせていただいております。
現在では瓦窯は閉鎖しましたが、瓦製造と並行し行ってきた屋根工事業を専業とし、瓦業に従事しております。
(有)一ノ瀬瓦工業では、日本の伝統である和瓦はもちろん、洋瓦、各種屋根材、太陽光発電パネル設置工事、
板金工事など屋根に関する様々な工事を手掛けております。
また社訓といたしまして「同じ屋根に二度上がるな」と社員一同に徹底して指導しております。これは常に丁寧な仕事を心がけ、工事終了後クレームなどにより再び同じ屋根に上がることのないようにということです。
職人とはいかなる状況においても自分の感性と能力を発揮でき、かつ仕事にたいして己の作品として向き会える姿勢を持つ者。そう考えております。いつの時代においても職人としての仕事とお客様の満足がひとつに重ならなければ「良い仕事」とは言えません。驕らず、自己満足にならず、お客様の求めるものと自分の持つ技術を同じ満足にすること。それが職人の道を追求することであり、弊社を指名していただいたお客様への一番のサービスだと考えております。
(有)一ノ瀬瓦工業では私で四代目になりますが、長い歴史と皆様の支えにより育んだ技術と知識、そして信頼が弊社の宝であり、その宝を次世代にしっかり渡すことが私の責務だと考えております。これからも屋根工事を通じて、さらに多くの皆様と満足を共有できるよう、そして皆様の大切な住まいを守るべく精進していきたいと考えております。
現在は昔と違い変化の激しい難しい時代です。五代目(有)一ノ瀬瓦工業の成長を期待しつつ、皆様にはぜひ厳しいご指導を頂きますようこれからも末長くよろしくお願い申し上げます。

一ノ瀬 すみ子 Sumiko Ichinose
一ノ瀬 すみ子
S18年1月26日生まれ
山梨県早川町出身 A型
趣味:カメラ・書道・コーラス・おしゃべり
始
四代目の嫁として1973年入社
人
仕事より人と話すのが好き
職
誰とでも対等に話せる裏社長系営業職人
今
早朝からカメラ持ってウロウロ

営業・経理・不動産管理担当の一ノ瀬すみ子です。私は瓦業に従事して43年になります。
長い間この業界から私たちを取り巻く社会を見てきましたが、入社当時からは想像もつかないくらいのスピードで時代は変化しました。その変化は私たちの生活に豊かさ、便利さをもたらしてくれました。ですが、正直今の時代に言い知れぬ不安を感じます。豊かさと便利さを得るために私たちが払った代償はなんだったのでしょうか。それはもしかしたら文化の消失なのかもしれません。
屋根業界も同様で、新商品は次から次へ誕生し、立ち止り考えるより先に、対応力が求められる。そしてなにか問題が発生するのは何年も先の話です。確かに進歩は必要なことです。ですが私たちが本当に必要としているものは何なのか、こんな時代だからこそ各々が流されることなく真剣に考えなくてはならないと思います。
先日島根県に行ったときの話です。島根県は石州瓦の産地で、瓦の製造工程や眩いほどの伝統的な日本家屋を見ることができました。ですが地元であろうバスガイドさんの説明は耳を疑うものでした。
「阪神大震災では屋根に瓦が乗っていた家屋が倒壊しました」。
私は驚いてすぐに訂正してもらいました。確かに事実、瓦屋根で倒壊した家屋もありました。ですが、その詳細は基礎のしっかりしていない古い家がほとんどで、しかも屋根に土を多く使った昔の工法の家屋が倒壊したそうです。
現在では住宅の構造も強化され、瓦屋根でも軽くする工法が用いられています。地元の産業を理解もなく地元の人間が貶める。瓦の産地であり瓦屋根の街並みを見に来た人間に地元の人間が「この町は駄目な町なんです」って伝えている事実に愕然としました。
こうして訳も分からず美しい日本家屋は減って行くのかもしれません。なんとなく「危険」というイメージだけでどれだけの人が離れたのでしょうか。今日もあの地元のガイドさんは地元の悪いイメージを多くの人に植え付けているのでしょうか。幅を広げて、日本という枠組みで考えたときに、実は私たちも同じことをしていないでしょうか。他国の文化にあこがれるあまり、日本という美しいイメージを壊していませんか?私たちもあのガイドさんのようにならないために、愛すべき文化、守るべき文化が何なのか、もう一度立ち止まって考えるべきではないでしょうか。

岡田 浩一 Koichi Okada
岡田 浩一
S50年9月7日生まれ
山梨県笛吹市出身 O型
趣味:サッカー・スポーツ観戦・ビール
始
ヘッドハンティングにより1998年入社
人
心優しい2児のパパ
職
仕事を黙々とこなすプライド高き職人
今
息子をプロサッカー選手にするのが

屋根工事部 主任技術者の岡田です。一ノ瀬瓦工業に入社し早いもので勤続18年になります。
私のセールスポイントは、ずばり職人魂です。90年以上の実績があるこの会社に勤め、技術だけではなく
仕事に対する姿勢や、屋根はもちろんお客様に向き合う大切さも教えられてきました。そのなかで自分なりに
職人というものを追求してきました。雨漏りしない屋根は当たり前、美しい屋根に仕上げるということがお客様と向き合うことであり、自分なりの仕事を追求することだと思っています。美しい屋根に仕上げようという気持ちは誰にも負けません。私は入社時にこの業界のことをまったく知らない素人でした。最初ははしごの登り降りさえ怖かったことを憶えています。それから18年間経験を積み、2010年に国家検定瓦葺き1級技能士の試験に合格するこができました。屋根のプロ集団の一員としてこれからも技術に磨きをかけ、お客様に喜んでいただけるよう頑張っていきます。現場で見かけたら気軽に声をかけてください。これからもよろしくお願いします!

飯島 康司 Koji Iijima
飯島 康司
S46年7月31日生まれ
山梨県笛吹市出身 O型
趣味:読書・映画鑑賞・空手
始
現会長の友人の子息として1999年に入社
人
あらゆる業界を網羅する知識人
職
幅広い知識で多角的に見る監理職人
今
現在恋人募集中

屋根工事部 部長の飯島です。私はこの仕事に就いて23年になります。
一ノ瀬瓦工業には17年前に入社しました。23年この仕事に携わっていますが、いまだ勉強、修行の毎日です。
屋根工事業というのは、暑さ寒さなど過酷な環境も多々ある大変な仕事ですが、やればやるほど奥深さを知ることができるやりがいのある仕事です。そして自分の手で造りあげた作品を通じてお客さまと直に喜びを分かち合うことができ、また反省点を感じられることもこの仕事の大きな魅力だと思っています。
昨今の太陽光発電の広がりや、強さ、美しさを求められた様々な新製品が普及するなか、屋根工事業においても対応力、柔軟性などが求められるようになりました。ですが今も昔も屋根が家屋を守る重要な部位であることに違いはありません。私たちが追求するべきことは、使う材料がなんであれ家屋を守る屋根を、美しく、丈夫に長持ちさせることにほかなりません。これからも新製品の研究、勉強、そして伝統工法の追求に努力していきます。
お客様にも屋根に目をむけてもらい、興味をもってもらえるように頑張っていきますので、これからもよろしくお願いします!

一ノ瀬 貴子 Takako Ichinose
一ノ瀬 貴子
S53年6月10日生まれ
福島県田村市出身 O型
趣味:ヨガ・ショッピング・英会話
始
五代目の嫁として2010年入社
人
瓦業界に革命を起こすド素人
職
妄想大好き楽しみを生みだす企画職人
今
山梨探検に明け暮れる毎日

プロダクト事業部主任 兼 marimo café&dining店長の一ノ瀬貴子です。
私は2010年に瓦業界に足を踏み入れた素人です。前の仕事は広告代理店でした。ビルに囲まれた都会暮らしが長かったせいか今まで建築はおろか瓦というものを意識したことがなかったように思います。そんな私が瓦業界に突然入り、戸惑いながらも今は瓦屋さんの企画営業をしている。なんとも不思議な話です。
今の話で、なにも知らない人間が企画営業なんてできるのか?と思った方も大勢いると思いますが、実は違います。先入観がないからできるんです。この瓦ってなにするのか知らないけど、こんなふうに使えないの?こんな発想、プロの職人からは出てきません。その瓦を美しく葺き上げることこそが職人ですから。
瓦の奥深さ、瓦の可能性を日々感じながらも女性目線、素人目線から出てくる発想は止まりません。さすが日本で1400年以上の歴史のある瓦です。瓦は屋根材という先入観をうまく取り外し、皆様に瓦をより身近に感じてもらうためにはどうすればいいか。それが今の私に課せられた使命だと感じています。
今年(2016年)からプロダクト事業部が立ち上がり、自社ブランドである「icci kawara products」が誕生します。これは瓦をもっと身近に感じてもらうためのプロジェクトです。「屋根の上からテノヒラの上に」をコンセプトに、今まで遠くから眺めるだけだった瓦を、手に触れられる身近なモノのしたいと考えています。
また、私が担当しておりますmarimo café&dining では、屋根がとってもお洒落でカラフルな瓦を使ってあります。在庫処分のため年代・メーカー共ばらばらで、同じものをと頼まれてもできませんが、とっても素敵なのでぜひ見に来てくださいね。
それと駐車場には廃材瓦を敷き詰め、素焼きのオレンジ色になっていたり、ガーデンやポーチにも使われなくなった瓦を再利用したりしています。
瓦は屋根にのせるだけではなく、いろんな使い方がありますよ。使われなくなった瓦もうまく使えばオリジナリティ溢れる素敵な空間を創りだすことができます。
お店の内装や雰囲気は私がプロデュースしました。お客さんにゆっくりとした時間を楽しんでいただけるようにとソファー席やテラス席もご用意してあります。
美味しい料理と、素敵な空間と、瓦の雰囲気を楽しみにぜひ遊びにいらしてくださいね。
日本の伝統である瓦・地中海の匂いがする洋風瓦が、屋根だけではなく生活空間をどのように彩るのか。みなさん興味ありませんか?日本人なら誰しもほっとしてしまうそんな空間づくりを私は違う角度からお手伝いしたいと思っています。

松本 太郎 Taro Matsumoto
松本 太郎
S50年4月8日生まれ
東京都足立区出身 O型
趣味:映画・お酒
始
飲食事業部シェフとして2013年入社
人
仲間と酒をこよなく愛す寂しがり屋
職
おしゃべりとおもてなし大好き料理職人
今
山梨でおいしいラーメン屋さん探索中

料理人の松本太郎です。瓦屋さんに料理人?と思った方もいるかと思いますが、そうなんです。私料理人です。
(有)一ノ瀬瓦工業・飲食事業部立ち上げに伴い、急遽、一ノ瀬専務に呼び出され、はるばる東京からやってまいりました。最初にお話をもらったときは、正直戸惑い、山梨行きを躊躇しましたが、専務の熱い思いに胸を打たれ、自分に力になれることがあればとプロジェクトに参加させてもらう決意をしました。
私がなぜ料理人になったのかというと、子供の頃、料理人である友人の父の姿を見る機会が度々あり、「料理が人を笑顔にするってすごいな、料理をしている男ってかっこいいな」と感じたからです。小学校の卒業アルバムの将来の夢にも「コックさん」と書いたことを憶えています。
大人になり料理の世界に飛び込むことはできたのですが、現実は甘くなく、「美味しい料理」=「お客さんの笑顔」を一料理人が追求する難しさを知りました。いくつかお店を替え、壁に当たり続け、料理の世界から身を引こうと考えていた矢先、突然一ノ瀬専務から電話をもらいました。
「うちで料理やってくれ。職人が本来あるべき姿を取り戻したい。」
その時、自分が料理人である前に一職人であることに気づかされました。「自分の料理で人を笑顔にし、「食」という新たな道から瓦の可能性にアプローチしていく」これが山梨での自分のミッションです。
モットーは「美味しく」・「楽しく」・「笑顔を創りだす」。もう一度料理に真剣に向き合います。皆様、ご意見・ご要望ありましたらジャンジャン言ってください。これからの長いお付き合いよろしくお願いいたします。
ちなみに一人身ですので、万年彼女募集中です!

松野 瞳 Hitomi Matsuno
松野 瞳
S61年7月21日生まれ
山梨県甲府市出身身 A型
趣味:体を動かすこと・ショッピング・カラオケ・子どもと遊ぶこと
始
アパレルからカフェへ電撃移籍 2014年入社
人
不器用だけど誰よりも前向き
職
人の笑顔が大好きなおもてなし職人
今
素敵なカフェ店員になるべく日々奮闘中

この度飲食事業部のカフェスタッフの仲間入りしました松野瞳と申します。私は保育士・アパレル店員を経験したのち、憧れのカフェ店員として働きたく一ノ瀬瓦工業に入社いたしました。今までやりたいことがありすぎて色々な職種に携わって来ましたが、共通して言えることは人と関わる事が好きということでした。接客を通じて様々な人と触れ合い、お客様からたくさんの笑顔を頂き、時にはお叱りを受けながらも、自分を成長させていけることにやりがいを感じ、今は毎日が充実しています。
marimo café&dining は一ノ瀬瓦工業がプロデュースするカフェです。瓦屋さんがカフェ?と最初不思議に思いましたが、カラフルな屋根瓦や様々な場所に散りばめられた瓦がとても良い雰囲気を醸し出し、私も大好きな空間となりました。
そんなオシャレな marimo café&dining に欠かせないのはシェフの絶品料理です。私も毎日美味しい“まかないゴハン”を頂いている幸せ者です。働いている自分がお客さんとして利用できないのは残念ですが、その分、毎日来てくださるお客様には、居心地の良い空間で居心地の良い接客で美味しい料理を召し上がって頂きたいと日々努力しています。
これからもお客様に満足して頂ける店づくりに使命感を持って、ご来店くださるすべてのお客様の笑顔が見られるように、また社長の教えでもあります「全力のパフォーマンスでお客様を笑顔に」を胸に頑張っていきたいと思います。皆さまご来店された際にはお気軽にお声かけください。これからもよろしくお願いいたします。

棚沢 宏之 Hiroyuki Tanazawa
棚沢 宏之
S52年11月26日生まれ
山梨県笛吹市出身 A型
趣味:DVD鑑賞・ラーメン食べ歩き・釣り・英会話
始
社長から引き抜かれ2015年入社
人
誰とでも仲良くなれる人気者
職
やるからには究極を目指す正統派職人
今
オシャレとデキる男を目指して修行中

一ノ瀬瓦工業・工事部の棚沢宏之です。社長とは学生時代から先輩後輩というお付き合いをさせてもらってましたが、会社の発展に協力してもらいたいと、社長自らのお誘いを頂き2015年2月に入社させて頂きました。
自分は若いときに業種は違いますが職人の仕事をしていました。そのあとしばらく職人業から離れている時期がありましたが、モノ作りへの関心が消えることはありませんでした。というのは、自分の手掛けた仕事がそのまま形となって長く残り、より良い仕事をすればそれがお客様の笑顔を生んでさらに自分の達成感にもつながる。モノ作りにはそんな素晴らしさとやりがいがあるからです。業種は違えどお客様が笑顔になってくれることは本当にうれしいものです。瓦業界という日本の文化にも触れられ、底を見るには奥が深すぎる業種に携わり、自分に最適な仕事を与えてくれたと感謝しています。
一ノ瀬瓦工業は2015年にアメリカのイェール大学でのプロジェクトに携わりました。アメリカで瓦工事をすることは社長の若い頃からの夢だったそうです。夢を追い実現させることができるエネルギーに満ち溢れた会社に入ることができて、自分の夢や可能性を改めて感じる日々を送っています。100周年を迎えた一ノ瀬瓦工業の礎となれるように働き、また、社長の夢である「日本の瓦を世界に認知してもらう」という大きなプロジェクトのお手伝いをさせてもらいながら、自分の活躍の場も世界に広げられたらと思っています。
いずれはアメリカで、世界で、「kawara 職人・棚沢宏之」ありと言われるように!そんな夢を持って日々励んでいます。まだまだ道のりは遠いですが、日本においても世界においても、一人でも多くの方に「瓦」を通じて笑顔になってもらえるように頑張っていきますので、皆さまどうぞよろしくお願いいたします。